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最高裁判所第二小法廷 昭和52年(行ツ)89号 判決

上告人 タイガー石油株式会社

被上告人 国

訴訟代理人 奥原満雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山田利夫、同五味良雄の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、いずれも正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解せず、又は独自の見解に立脚して、原判決を非難するものであつて、すべて採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田豊 大塚喜一郎 本林譲 栗本一夫)

上告理由

第一原判決に次の法令違背がある。

原判決理由(一)に

「本件返還請求権は、本件源泉徴収に係る所得税本税については、……

いずれも国税通則法五六条一項に基づきその納付金の還付を請求しうるのである」

と付加補足する他第一審判決理由を引用し、第一審判決理由はその二項で、本件返還請求権の消滅時効についての判断の中で

「……過誤納金返還請求権は民法七〇三条以下の不当利得返還請求権と、その性格を同じくするところがあるが、過誤納金返還請求権については租税関係の特殊性にかんがみ民法とは異つた特別の規定がおかれている以上、その消滅時効については民法一六七条の規定の適用が排除され、もつぱら国税通則法七四条が適用されると解すべきである。したがつて本訴請求についての消滅時効期間は五年であり……」

と認定しているが、上告人の本訴請求は、民法上の不当利得返還請求を主張しているのであつて、租税法上の過誤納金の還付請求ではない。

国税通則法五六条一項にいう「過誤納金」とは、(イ)誤納すなわち、当初から明らかに不適法な納付があつた場合(確定した納付すべき税領を超えて納付したときの超過額)と、(ロ)過納、すなわち、結果的にみて不適法な納付があつた場合(納付時には一応適法であつたが、その申告又は課税処分が誤つて過大にされたため、後に減額更正又は課税処分の取消がなされ、結果的に納付が不適法となるとき)の両者をふくむ(税法の基礎知識六三頁)ものであるところ、仮りに第一審判決が上告人の本訴請求を租税法上の過誤納金であると認定したのであれば、いづれの場合((イ)当初から納付すべき理由のない場合、(ロ)納付後納付すべき理由が消滅した場合)に該当する過誤納金であるかを何んら判断せず、本訴請求権の消滅時効の点については、国税通則法第七四条を適用し五年と認定している。

原判決は勿論その引用する第一審判決も、上告人の本訴請求に係る返還請求権は、民法上の不当利得返還請求権ではなく、かくかくしかじかの理由で租税法上の過誤納金の返還請求権であるとの判断か何んらなされていない。

これは民法第七〇三条以下及び国税通則法第五六条、七四条の解釈適用を誤つたもので、この違背に当然判決に影響を及ぼすものといわなければならない。上告人の本訴返還請求は原判決にいう租税法上の過誤納金の返還請求(前記(イ)(ロ)のいづれにも該当しない)ではなく、民法上不当利得返還請求である。

第二原判決には理由不備の違法がある。

原判決(及びその引用する第一審判決)には、前述の通り上告人の本訴請求に係る返還請求権が一応存在する(民法上の不当利得か、租税法上の過誤納金還付請求かは別として)ことを前提とし、その消滅時効については租税法上の還付請求に関する国税通則法第七四条を適用して、時効消滅したと認定している。

本訴請求に係る返還請求権は民法上の不当利得返還ではなく、租税法上の過誤納金の返還請求であることの理由は全くなく、消滅時効については民法の規定は適用を排除され国税通則法が適用されるのであるとするにおいては、理由不備も甚だしく、更に租税法上の過誤納金返還請求だとしても前記(イ)(ロ)いずれの還付請求であるかも判断せず、(イ)を当然の前提として国税通則法による消滅時効の規定を適用している点は理由不備の違法があるといわなければならない。

第三若し仮りに本件返還請求権が民法第七〇三条の不当利得返還請求権ではなく、国税通則法五六条にいう過誤納金の還付請求潅であるとしても、その消滅時効の起算日に関する原審判断は誤つているものといわねばならない。

即ち、原審判決及びその引用する第一審判決は、国税通則法第七四条一項を適用し、「源泉徴収にかかる所得税本税の還付請求権はその各納付の日より五年を経過した日である昭和四六年七月十三日から同年十二月十四日までの間に時効により消滅したもの……」と判断し、その理由としては、「源泉徴収にかかる所得税の性質及納税告知処分の効力を言及した上、所得税法一八三条以下に定める源泉徴収義務がないにもかかわらず納付された源泉徴収にかかる所得税は、納付後直ちにその還付を請求できる」としている。

しかし乍ら、右解釈は民法一六六条国税通則法七四条の解釈を誤つたものである。その理由は、後述の通りであるが、その前提として本件源泉所得税等の納税告知処分がなされた経緯は次の通りである。

(1) 上告人は、訴外城東税務署長(以下訴外署長という)に対し、

「上告人の昭和三六年一〇月一日より同三七年九月三〇日までの事業年度について、同三七年十一月三〇日に所得金額を金一〇、一四九、六九四円、法人税額を金三、一八三、二一〇円」として確定申告した。

訴外署長は、上告人に対し、

「昭和三九年三月三一日に所得金領を金一一、一七九、一六二円、法人税額を金三、五九七、一九〇円とする更正処分及び右処分に伴う過少申告加算税を金一九、五〇〇円とする賦課決定」を、更に、

「同四〇年三月三〇日に所得金額を金一九、六三〇、一六二円法人税領を金六、八〇四、七二〇円とする再更正処分及び右処分に伴う過少申告加算税を金一六〇、三五〇円とする賦課決定」を夫々行つた。

(2) 右再更正決定の処分理由は、

「上告人がその所有にかかる株式会社スクンダード石油大阪発売所の額面株式一八七、八〇〇株を一株につき額面五〇円の割合で金九三九万円を以て、上告人の代表取締役中野和一に対し譲渡したのは低額譲渡であるから時価相当額(一株九五円とし金一七、八四一、〇〇〇円)と右譲渡価額との差額金八、四五一、〇〇〇円が中野和一に対する賞与と認定する」

とのことであり、訴外署長は上告人に対して、昭和四〇年三月三一日源泉徴収による所得税及源泉徴収加算税の納税告知処分がなされた。

(3) 次いで、被上告人は上告人に対し、源泉所得税及同加算税に基き次のように差押を為した。

被上告人国が差押した物件の表示及び差押日

(1) 昭和四〇年六月九日、被上告人国の差押

被差押物件

高槻市上牧古小路九九三番地の一

宅地 三四三坪

(2) 昭和四〇年六月二一日被上告人国の差押

被差押物件

高槻市京口町二三四番地の一

宅地 七二坪

高槻市京口町二二六番地の三

宅地 一七坪七合五勺

高槻市京口町二三四番地の一

家屋番号 七三三番

種類 雑種家屋

構造 木造亜鉛葺平家建六坪八合五勺

高槻市京口町二三三番地の一、二三四番地の一、二二六番地の三

家屋番号 二三四番

種類 店舗

構造 コンクリートブロツク陸屋根二階建五〇坪二合一勺

(3) 昭和四一年六月一〇日被上告人国の参加差押

大阪市城東区今福北五丁目一〇番地の二

宅地 七六八m2五九

同所 一〇番地の三

宅地 五九〇m2七一

(4) 昭和四一年六月一〇日被上告人国の差押

大阪市城東区中本町五〇二番地の四七

宅地 六七m2五三

(4) そして上告人は前(2)の再更正処分について取消訴訟を提訴し、大阪高等裁判所において、「本件株式の時価一株につき九五円が客観的に明白であつたとまで認めることは到底できない」と認定され、上告人の勝訴判決が確定した。以上の事実を前提に国税通則法七四条一項の「その請求することができる日」の意味内容を吟味する。

一般論として、過誤納金の還付請求は納付日の翌日を起算日とすることには異論はない。しかし本件においては、大阪高等裁判)所昭和四四年(行コ)第二四号事件の判決確定した日(昭和四九年八月一六日)が消滅時効の起算日となる。なぜなら、

〈1〉 上告人に本件源泉徴収義務が発生したかどうかは、一に前述せる取消訴訟の結果如何にかかつており、右訴訟の結果をまたずに形式的に納付日の翌日から還付請求できるものであるから、その日が消滅時効の起算日とすることは、上告人が取消訴訟において敗訴する可能性もあるので難きを強いることになる。

〈2〉 果せるかな。被上告人は前述の通り上告人の重要な営業用資産に対して差押公売手続に着手し、上告人が若し還付請求せんか、何時再び差押がなされるやも知れない危険にさらされる。

〈3〉 本件源泉所得税等は、法人税等再更正決定の取消訴訟と表裏一体の関係にあり、後者の判断が直接前者に影響を及ぼすものであつて、後者の結果発生をまたずに還付請求をすることは、現実に期待できない。

〈4〉 取消訴訟に勝訴して始めて現実に権利行使が期待できるものであつて、被上告人は、右取消訴訟の結果に拘束され(行政事件訴訟法第三三条)速かに本件源泉所得税等を返還すべき筋合のものであり、これらの事情を無視して、単に形式的に判断の上、時効消滅しているものとすることは正義公平の原則に著しく反するものである。

第四 原審判決は判断の逸脱がある。

即ち、控訴人の主張三、において、「法人税再更正等処分取消訴訟事件の確定判決は、本件源泉徴収所得税告知処分のみならず本件加算税賦課決定処分にもその効力が及ぶべきである。」と認定しているのに拘らず、原判決理由二及び第一審判決理由にも判断していない。

上告人の主張は取消訴訟の判決の拘束力により、本件源泉徴収所得税の告知処分にも影響を及ぼすとの法律判断の下に本件訴訟を構築しているものであつて、正しく判決に重大な影響を及ぼす判断の逸脱である。

右取消訴訟の判決により本件源泉徴収所得税の告知処分も遡及的に不存在となり、結果、法律上の原因を欠くことになり不当利得(民法七〇三条)したものといえる。

しかるに、原判決理由二及第一審判決理由三において、右取消訴訟の確定判決と本件加算税の賦課決定処分の関係は言及するも、源泉徴収所得税納税告知処分との関係についてはその判断をなしていない。

【参考】第二審判決

(大阪高裁昭和五一年(行コ)第三八号昭和五二年三月三〇日判決)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金四三四万五、八七〇円およびうち金五〇万円に対する昭和四一年七月一二日より、うち金五〇万円に対する同年八月一三日より、うち金五〇万円に対する同年九月一四日より、うち金一〇〇万円に対する同年一〇月一三日より、うち金一〇〇万円に対する同年一一月一三日より、うち金八四万五、八七〇円に対する同年一二月一四日より各支払ずみまで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決と担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張と証拠の関係は、左記に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

一 控訴人は、本訴請求にかかる請求権を民法上の不当利得返還請求権として構成して主張しているものであつて、租税法上の過誤納金の返還を請求しているものではない。いわゆる過誤納金の返還請求は、(イ)納付当初より納付すべき理由のない場合、(ロ)納付後納付すべき理由が消滅した場合に発生するものであるが、控訴人の本訴請求にかかる返還請求権は当初納付すべき理由があつて納付したが、その後、納付すべき義務が当初から不存在であることがその後に判明した場合であつて、いわゆる過誤納金の返還請求とは性質を異にするものである。したがつて、その消滅時効期間は、民法一六七条により、一〇年である。

二 仮に控訴人の本訴請求にかかる請求権が租税法上の過誤納金の返還請求権であるとしても、本件法人税再更正等処分取消訴訟事件(原判決三枚目表末行目から同裏末行目までに摘示)の判決が確定した昭和四九年八月一六日が、その消滅時効の起算日である。

三 本件法人税再更正等処分取消訴訟事件の確定判決は、本件源泉徴収所得税告知処分のみならず本件加算税賦課決定処分にも、その効力が及ぶべきである。けだし、本件法人税再更正等処分と本件源泉徴収所得税告知処分、本件加算税賦課決定処分とは別個の法律に基づいてなされたものではあるが、前者の処分が実質的な審理判断によつて取り消された場合、遡及的に課税の対象となる所得が不存在となる結果、ひいては後者の処分の対象となる源泉徴収所得税の納付義務もその加算税の納付義務も不存在となるからである。

四 仮に本件法人税再更正等処分取消訴訟事件の確定判決が本件加算税賦課決定処分の効力になんらの影響を及ぼさないとしても、もともと本件源泉徴収にかかる所得税本税の納付義務が不存在であるから、それに対する本件加算税賦課決定処分も当然効力を有しない。

(被控訴人の主張)

控訴人の本訴請求にかかる請求権が租税法上の過誤納金の返還請求権ではなく民法上の不当利得返還請求権であるとの主張、その消滅時効の起算日についての主張および本件法人税再更正等処分取消訴訟事件の確定判決と本件源泉徴収所得税告知処分、本件加算税賦課決定処分との関係についての主張は、すべて独自の見解というべく、理由がない。そもそも本件法人税再更正等処分取消訴訟事件の確定判決は、認定賞与の存否について判断することなく、附記理由の不備という手続的瑕疵を理由に処分を取り消したものであつて、その確定によつて、本件源泉徴収にかかる所得税の納付すべき理由のないことが明白になるはずのものでもないし、本件源泉徴収にかかる所得税の納付義務の消長に何らの影響を及ぼすものでもない。

理由

当裁判所は、控訴人の本訴請求をいずれも失当として棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、左記に付加、補足するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

(一) 本件返還請求権は、本件源泉徴収に係る所得税本税については、もし納付義務がないにもかかわらず納付したものとすれば、当初より納付すべき理由がなかつたのであるから(納付後直ちにその還付を請求しうることは、引用にかかる原判決理由の説示のとおり。)、まさに誤納金にあたり、また加算税については、その賦課決定処分が当然無効のときは同じく誤納金に、違法を理由に右処分が取り消されたときは、納付後に至り納付すべき理由が消滅したのであるから、そのときはじめて過納金にあたるものであつて、いずれも国税通則法五六条一項に基づきその納付金の還付を請求しうるのである。控訴人は、右本税および加算税は、当初納付すべき理由があつて納付したが、その後納付義務が当初から不存在であることが判明したものであるから、本件返還請求権は、過誤納金の還付請求権とはその性質を異にすると主張するが、源泉徴収に係る所得税本税の確定および誤納金の還付請求権の成立については引用にかかる原判決理由の説示のとおりであつて、従つて控訴人の右主張は、その独自の見解に基いたものであつて、採用することができない。

また、法人税再更正処分の取消判決の確定した日が消滅時効の起算日であるとの控訴人の主張が理由がないことは、引用にかかる原判決理由の説示のとおりである。

(二) 控訴人は、本件法人税再更正等処分を取り消す確定判決が本件加算税賦課決定処分になんらの影響を及ぼさないとしても、源泉徴収にかかる所得税本税の納付義務が存在しない以上、本税を基準として賦課された加算税は、その成立の基礎を失うものであるから、本件加算税賦課決定処分は当然効力を有しない旨主張するところがある。しかし、仮に本源泉徴収にかかる所得税本税の納付義務が存在しないとしても、本件全証拠によつても、本件源泉徴収にかかる所得税本税の納付義務の存在しないことが一見明白であるとはいえないから、本件加算税賦課決定処分に重大かつ明白な瑕疵があるとはいえず、したがつて、本件加算税賦課決定処分が当然無効であるということもできない。のみならず、仮に本件加算税賦課決定処分が当然無効であるとしても、控訴人の主張する加算税の還付請求権は、その納付のときにその還付を請求することができるわけであるから、その納付の日が消滅時効の起算点であつて、国税通則法七四条の規定により、その納付の日(昭和四一年一二月一三日)より五年を経過した日である昭和四六年一二月一四日に時効により消滅したものというべきである。

よつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条、八九条、九五条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林定人 阪井いく朗 石田真)

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